2017年08月07日更新
全登録者数 23,594件 (最新月度登録者数 25件)
トップページ (株)クラウドクリエイティブスタジオ 対談取材記事

(株)クラウドクリエイティブスタジオ 対談取材記事

名刺
動画

ユーザーが喜ぶゲームをつくるべく
常に変化を続ける業界を注視し
柔軟な姿勢で進化する新進気鋭の企業

株式会社 クラウドクリエイティブスタジオ

代表取締役 秦泉寺 章夫

【異業種ネット】月刊経営情報誌『センチュリー』特別取材企画 掲載記事─略歴

「受け入れられずに苦心しましたが、私はいつか時代が来ると確信していました」

【異業種ネット】月刊経営情報誌『センチュリー』特別取材企画 掲載記事─人ページ写真

勤務時代、オンラインゲームが普及していないころから、将来を見据えてオンラインゲームの開発を行っていた秦泉寺社長。

さらに独立後も、時代の流れを読み、ソーシャルゲームの開発に着手する。

だが、いずれもすぐには受け入れられず、苦心した。

しかし諦めずに良いゲームづくりに注力してきた結果、やってきたのは、多くの人がスマートフォンでオンラインに接続し、ゲームを楽しむ時代。

一体どれだけの人が、こんな時代が来ると予想しただろうか。

社長が持つ世の中を先見する力──経営者として、これは何よりの強みだろう。


【足跡】 京都府出身。高校時代はバンド活動に励み、一時期はミュージシャンを志すも、自分の力では及ばないと諦める。代わりにゲーム分野に進むことを決意し、専門学校に入学。己の天職だと見極め、知識・技術を身に付けて、社会に出てからはオンラインゲームの開発を手掛ける。その後独立し、『クラウドクリエイティブスタジオ』を設立。現在に至る。


ソーシャルゲームやコンシューマゲーム、オンラインゲームの企画・開発、運営を手掛けている『クラウドクリエイティブスタジオ』。オンラインゲーム分野で長年経験を積んできた秦泉寺社長が、2011年に立ち上げた企業だ。本日はタレントの島崎俊郎氏が社長のもとを訪問。これまでの歩みや、ゲームづくりにかける想いなどを伺った。

【異業種ネット】月刊経営情報誌『センチュリー』特別取材企画 掲載記事─対談

──秦泉寺社長の歩みから伺います。

ゲームが好きだったのでゲームをつくるプログラマーになりたいと思い、その分野の専門学校に進みました。入学して初めて使ったパソコンにすぐ魅了され、一日中パソコンにさわっていましたね。勉強した分だけ自分の力になっていると実感でき、プログラマーは私に向いていると感じました。それで入学して1年半ほどしたころ、そこの専門学校から「講師をしないか」とスカウトされまして。スカウトされたことで、この仕事は自分の天職なのではと思うようになりましたね。そして卒業を待たずに、講師になったのです。

──学生時代にスカウトされてそのまま講師になるとは、並外れて優秀だったのでしょう。余程、努力されたのでは?

私はパソコンをさわるのが、全く苦ではなかったんですね。ですから他の人が我慢して勉強に向き合うところを、私はごく自然に、長時間勉強できたのだと思います。逆に、パソコンにさわっていないと不安になるくらいでした(笑)。

【異業種ネット】月刊経営情報誌『センチュリー』特別取材企画 掲載記事─取材記事写真

──相当お好きだったのですね(笑)。その後はずっと講師を?

いいえ。やはりもともとはゲームをつくりたくてプログラマーを目指していたので、そちらは辞めることにしました。そして1年半ほど携帯電話本体の開発を手掛ける会社に勤め、その後ゲーム業界に転身したんです。入社したころは業務用のビデオゲームの開発を手掛け、次にゲームを構成する部品を開発する部署に移り、その後、オンラインゲームに携わりました。今はパソコンやスマートフォンなどで誰もが簡単にオンラインに接続している時代ですが、当時はソーシャルゲームなどなく、そもそもインターネットにつなぐ環境を導入している人すら少ない時代でしたね。オンラインで対戦しても、相手が1人だけ、という感じで(笑)。ゲーム自体は面白かったのですが、とにかく遊ぶ人がいませんでした。でも、きっといつかオンラインゲームが普及する時が来ると確信していましたから、その後もずっと手掛けていたんです。そのうちに、プログラミングではなくディレクションを任されるようになりましたが、会社がパチンコの開発に重点を置くようになってオンラインゲームから撤退することになり、そのタイミングで起業を決意。2011年に当社を設立しました。

──独立されて、いかがでしたか。

どん底でした(笑)。勤務時代はゲーム機に対応したゲームをつくっていましたが、独立してはじめて携帯電話用のソーシャルゲームをつくったんです。ただ、ソーシャルゲームは基本無料で、遊んでもらってから課金していただく仕組みなので、そのお金を払ってもらうシステムをつくり込んでおかないとずっと無料で遊ばれてしまい、こちらは費用が嵩むばかりなんです。そこを理解していなかったので、何万人もの人が遊んでいるのに、月に2万円しか収入がありませんでした。そのため、一旦はサービスを終了せざるを得なくなったんです。そして企業体力を回復するために、受託開発路線に舵を切りました。ただ、仕事をもらうために営業に行っても、まだソーシャルゲームがあまり普及していなかったので、「何それ?」という感じでしたね。会社勤めをしていたころから、私はいつもやることがちょっと早すぎるんですよ。もう少し遅ければ、時流に乗れると思うんですが(笑)。

──先見の明がありすぎるのも、困りものですね(笑)。会社が軌道に乗られたのには、どんなきっかけが?

知人の紹介で、ある有名なゲーム開発会社さんと仕事をさせていただいたんです。そちらはスマートフォン用のゲームの開発に乗りだそうとしていたのですが、通信などの分野に疎く、その点私共はオンラインでのノウハウがありましたから。それからは口コミでたくさん依頼が来るようになり、軌道に乗りはじめましたね。現在は、ソーシャルゲームやコンシューマゲーム、オンラインゲームの企画・開発、運営を手掛けています。

──これまでを振り返ってみて、どうお感じですか。

諦めず、続けてやってきて本当に良かったと思います。ただ、設立当初の失敗があったからこそ、今があるのです。あの失敗がなく、スムーズに軌道に乗っていたら、今ごろとてつもなく大きな失敗をしていたかもしれません。あの時に色々なことを学べたのは、私にとって大きな糧になりました。無論今でも、いつ何時昔のような状態になるかわかりません。ですから、常に危機感を持って事業を進めています。

──お話も尽きませんが、最後に今後の夢をお聞かせ下さい。

今後は、どんな世代にも遊んでもらえるゲームをつくりたいと思っています。今はソーシャルゲームなど、スマートフォンで遊ぶゲームが主流となっていますが、私はやはり、ゲーム機で遊ぶことにこだわりたいですね。正解が見えない世界ですから、その時代その時代に楽しんでもらえるものを、何とかしてつくっていきたいと思います。メガネ型や時計型などのウェアラブル端末搭載のゲームも出はじめていますし、時代を見据えて柔軟な考え方を持ち、環境に適応しながら、面白いゲームをつくり続けていきますよ。

──本日はありがとうございました。

【異業種ネット】月刊経営情報誌『センチュリー』特別取材企画 掲載記事─取材記事写真

“想像を「かたち」に”すべく、力を尽くす

▼スマートフォンやタブレットの普及により、それまでゲームに親しんでこなかった人も、気軽にゲームを楽しむ時代がやってきた。こうした時代にあり、その技術力や優れたノウハウにより注目を集めているゲーム開発会社が『クラウドクリエイティブスタジオ』である。同社の企業理念は、“想像を「かたち」に”。この理念を元に、掲げるのは4つの行動指針だ。①革新的なアイデアを「かたち」にして提供する。②「かたち」にするための最良の技術力を追求する。③誇りある商品を「かたち」にして提供する。④心から楽しめる遊びを創造し「かたち」にする。これらを実現するのは決して簡単なことではないが、秦泉寺社長は仕事を依頼してくれる顧客のため、そしてゲームを楽しむユーザーのために、決して妥協しない。進化し続ける社長、そして同社の面々ならば、必ずや“想像を「かたち」に”し、ゲーム業界の未来を切り拓いていくことだろう。

対談を終えて

「独立当初はまだまだ勉強不足で、大変な苦労をされたという秦泉寺社長。それでも決して諦めずに、次の手を模索しながら会社を運営してこられました。やはりゲームが好きで、『面白いゲームをつくりたい!』という強い想いをお持ちだったからこそ、努力できたのでしょうね。今は軌道に乗り、更に先のことも考えておられます。これからも社長の手で、良いゲームがつくられ続けることでしょう」(島崎 俊郎さん・談)

【異業種ネット】月刊経営情報誌『センチュリー』特別取材企画 掲載記事─会社概要

名  称

株式会社 クラウドクリエイティブスタジオ

住  所

京都府京都市中京区新町通四条上ル小結棚町426番地 新町錦ビル202

代表者名

代表取締役 秦泉寺 章夫

U R L

http://cloud-creative-studios.com

掲載誌

センチュリー  2014年10月号

本記事の内容は、月刊経営情報誌『センチュリー』の取材に基づいています。本記事及び掲載企業に関する紹介記事の著作権は国際通信社グループに帰属し、記事、画像等の無断転載を固くお断りします。