2017年05月23日更新
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株式会社 政榮産業 対談取材記事

名刺
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周囲の人たちとの信頼関係を大切に
確かな技術と豊富な経験で工事を行い
必ずや被災地復興を成し遂げる

総合建設業

株式会社 政榮産業

代表取締役社長 長田 政博

【異業種ネット】月刊経営情報誌『センチュリー』特別取材企画 掲載記事─略歴

「窮地を救ってくれたのは、20人の親友たち。 その恩に報いようと奮起し、今があるのです」

【異業種ネット】月刊経営情報誌『センチュリー』特別取材企画 掲載記事─人ページ写真

かつて、商売に失敗した長田社長は、多額の借金を抱え込んでしまった。

「これで人生もお終いか……」──社長がそう思ったのも、無理からぬこと。

そんな窮地を脱することができたのは、親友たちのお陰だった。

20名もの親友たちが無条件でお金を貸してくれたお陰で、再起を図れたのだ。

見返りを求めず、無条件で援助するのは、なかなかできることではない。

「力になろう」と思えるほど、社長に友情を感じ、信頼していたからこそであろう。

そのような素晴らしい友人を得ることができたのは、何よりも社長に、人を惹きつける求心力があったからに他ならない。


【足跡】 大阪市平野区出身。小・中・高校生時代には野球に打ち込んでいた。大学卒業後は大阪の布団メーカーに入社し、営業マンとして活躍。このころに東北での業務に携わり、宮城県での起業の足がかりとなった。いくつかの職業を経て、2012年6月に『株式会社 政榮産業』を創業。現在は東日本大震災被災地での瓦礫処理などの復興事業を主体とした業務を手掛けている。


2012年創業の『株式会社 政榮産業』は、土木や建築をはじめとする様々な工事を手掛けている。現在は東日本大震災被災地の瓦礫処理などに携わり、復興事業の一翼を担う。被災地域の人たちが少しでも安心した生活を送れるよう尽力している長田社長のもとを、俳優の三ツ木清隆氏が訪問。インタビューを行った。

【異業種ネット】月刊経営情報誌『センチュリー』特別取材企画 掲載記事─対談

──長田社長は、こちら宮城県のご出身なのですか。

いいえ、大阪の出身です。大学卒業後、最初に勤めた会社で営業職に就き、東北を担当したことで、こちらとの縁ができました。やがてその会社を退職し、建設業やホテルマンなどを経験。実はその間、本業の傍らで飲食店を経営していたのですが、なかなか上手くいかず、結構な額の負債を抱え込むことになってしまいました。あの時はさすがに、「人生が終わった」と思ったほどです。そんな私を助けてくれたのは、20名の同級生たちでした。同級生たちはそれぞれにお金を用意して、私に貸してくれたのです。しかも、返済はある時払いの催促なし、借用書も書かなくていいという、破格にもほどがあるような条件で。その行動に驚くと同時に、凹んでいる場合ではない、一日も早く返したい、返すのだと奮起したのです。

【異業種ネット】月刊経営情報誌『センチュリー』特別取材企画 掲載記事─取材記事写真

──良いご友人をお持ちになりましたね。羨ましい限りです。

20名もの親友がいてくれたのだと、本当に嬉しく思いました。そして同時に、これまでの人付き合いが間違っていなかったという、自信を持つことができたんです。それからは、がむしゃらに働きながら準備を進め、2012年6月に独立して、当地で『株式会社 政榮産業』を創業。法人化を果たしたのは、2013年1月です。現在は、土木・建築工事、内装仕上工事、電気工事、管工事など、建設関連の仕事を幅広く請け負っています。

──独立されて、いかがでしたか。

当初は信用がなかったため、重機も借りられない状況でした。地元のつながりで、ようやくひとつの業者が取引してくれるようになったんです。そちらとは、今も良いお付き合いが続いています。周囲の方々から信用してもらうには、等身大の自分を見てもらうしかないので、その後は大勢の方に会い、私という人間を知ってもらえるように心がけました。その中で、特に地域の活性化に取り組む方々からは、殊更親身にしてもらえましたし、何かとお世話になりました。以前体調を悪くして入院した時にも、東北の方々の親切が身に染みたものです。

──こちら宮城県にも、東日本大震災の際には多大な影響がありましたよね。大変だったことでしょう。

ええ。とはいえ、私自身は被災していません。そのため、被災者の方々の本当の哀しみや苦しみは、分からないのです。けれど、たとえ仮設住宅であっても、避難所生活ではなく普通の生活を送れるようにしてあげたいと考えていました。当時は、私たちが動くことで少しでも早く、一人でも多くの方が避難生活を終えることができればと願いながら、瓦礫処理にあたったものです。

──御社の地道な努力が、あの震災後の混乱から被災地が立ち直るための一助になったことは間違いないでしょう。最近では少しずつでも、復興が進んでいるのでは?

もちろん以前よりは良くなりましたが、まだまだ先は長いですよ。ようやく復旧工事が終わりましたが、とても復興とは言えないような状況です。被災した地域が広範囲に及ぶため、住宅などの高所への移転も遅れています。色々と難しいことは多いですが、社内のみんな、そして同業者や地域の方々と力を合わせながら、日々、復興工事に励んでいますよ。

──従業員の皆様には、どのようなお話をされていますか。

「5年後にどうなっていたいのか」と、よく尋ねています。そして、「5年後にその目標を達成するためには、今、何をすればいいのかを考えてほしい」とも言っています。自分で考えて実行するうちに成長できますし、そのようにして自主的に動くことができるようになれば、独立だってできる。当社の従業員には、そういった職人になってもらいたいのです。当社には20代の若手はいませんが、30代後半以上の中堅からベテランという力のある人材が揃っていますから、全員の力を合わせることで、どんな道でも切り拓くことができるでしょう。

──今後については、どのような目標をお持ちですか。

地域の方々も私も、それから従業員たちも笑顔でいられるような事業を継続していきたいです。そのためにも、今は会社の基盤を固めることに力を注がねばなりません。この『株式会社 政榮産業』が地域から求められる会社になれるよう、人の輪と助け合いの心、そして感謝の気持ちを大切にしながら、これからも全身全霊で復興工事にあたっていく所存です。

──これからも頑張って下さい。本日は、ありがとうございました。

【異業種ネット】月刊経営情報誌『センチュリー』特別取材企画 掲載記事─取材記事写真

リーダーの資質

【異業種ネット】月刊経営情報誌『センチュリー』特別取材企画 掲載記事─取材記事写真

▼長田社長は、これまでリーダー役を務めることが多かったという。どちらかと言うとリーダーになりたがる方なのだと社長は話すが、なりたいからといって、誰もがなれるわけではない。人を纏める力や、人を引き付ける魅力を持ち合わせていなければ、リーダーとして認められないからだ。

▼そんな社長が、日ごろから人に接する時に心がけているのは、周囲の考えを優先すること。しかし、それは必ず周囲の意見を取り入れるということではない。時には、たとえ賛同者が少なかったとしても、自身の考えを通すこともある。進むべき道を誤らないためにも、場合によっては断行という手段も必要だと、社長は語った。ただし、そうして自らの意志で物事を進める時には必ず、その選択が周囲に良い結果をもたらすのかどうか、厳しく検討するのだそうだ。周囲に阿るわけではなく、時に意見をぶつけ合いながらも皆を率いていけることこそ、リーダーの資質だと言えよう。

対談を終えて

「どんな時にも周囲の利益を最優先で考える長田社長の姿勢は、本当に素晴らしいですね。常に相手の立場で考え、行動してきたからこそ、窮地に陥った時に、ご友人や周囲の方々が良くして下さったのでしょう。きっと、従業員の方々からも信頼され、良い関係を築いておられるのだと思います。社長を中心に一丸となって、被災地の復興の手伝いを続けて下さい」(三ツ木 清隆さん・談)

【異業種ネット】月刊経営情報誌『センチュリー』特別取材企画 掲載記事─会社概要

名  称

株式会社 政榮産業

事業内容

土木工事業及び建築工事業、内装仕上工事業、電気工事業、大工工事業、管工事業、舗装工事業、とび・土木・コンクリート工事業、前各号に附帯する一切の業務

住  所

宮城県塩釜市新富町22-14

代表者名

代表取締役社長 長田 政博

掲載誌

センチュリー  2014年5月号

本記事の内容は、月刊経営情報誌『センチュリー』の取材に基づいています。本記事及び掲載企業に関する紹介記事の著作権は国際通信社グループに帰属し、記事、画像等の無断転載を固くお断りします。