
■驚きと感動を与えるためのコンセプトへの徹底的なこだわり
(日清食品)
「具材たっぷりのカップめんを投入したい」という社長の一声で生まれた商品は、1個300円──日清食品の高級カップ麺「具多(グータ)GooTa」だ。即席めんにしては高価格にも関わらず、発売された後、1年足らずで年間販売額が160億円を突破する大ヒットとなった。社長の一声で始まった開発は、新たなカテゴリーを打ち立てることに焦点を合わせスタートした。カテゴリー、というのは例えば、「日清ラ王」が「生タイプ即席めん」というカテゴリーを確立している。新たなカテゴリーの創出において、「GooTa」の開発を任された当時の業態営業部次長は、店で食べるラーメンに限りなく近い本格的なめんとスープに、本格的な具材を使用するというコンセプトを考えた。“本格感”を打ち出した背景には、「優良顧客の囲い込みを目的とした販売促進」──つまり不特定多数の要求を満たすのではなく特定の顧客に価値あるものを売っていく、という日清食品独自の戦略があったのだ。消費者に驚きと感動を与える商品は多少高価格でも受け入れられるという考えで、具に驚きのあるカップめんを作ることを金科玉条とした。
ここから、他社に入り込む隙を与えない、具に驚きのあるカップめんづくりが始まる。チャーシューと煮玉子、ワンタン、野菜炒めの4種を具材の基本に、醤油と味噌、塩、とんこつを4大スープとし、4品目を一気に発売しようと考えた。チャーシューは1本1本あぶり焼きし、ワンタンは人の手で一つずつ肉と野菜のタネを皮に包み、野菜炒めは、鉄鍋を使って炒めた。本格感を追い求めたのは具材だけではない。料理の本質は、素材や調味料に調理で熱が加わったときに立ち上がる“におい”にあると考え、即席めんでも“におい”を封じ込めることにこだわった。スープの配合においても、試作を一つずつ食べては微調整を再三繰り返した。
「煮玉子は2個、ワンタンは8個にしてカップの表面を覆ってくれ」──現場には社長からの指令が飛ぶ。当初、煮卵は半分にカットしたものを1つ、ワンタンの数は5個と決めていた。驚きと感動を与えるための、増量だった。加えて、コンビニの速い商品サイクルに合わせて毎月1品ずつ新品目を投入することで、新たなカテゴリーの定着を図ったのだ。
こうしたコンセプトにとことんこだわるためのイノベーションに加えて、特筆すべきなのが、日清食品ではブランドごとにマネージャーが管理する制度を採っていることだ。彼らは開発を最大の使命とする。「GooTa」の開発を担ったのも、社内競合が課せられ、社内起業家的な役割を担う彼らの一人だ。カテゴリーの確立、日清食品の戦略に基づいた特定の顧客に価値あるものを売る販売促進、“本格感”重視で驚きと感動の提供を実現し、「ブランドマネージャー」としての能力を遺憾なく発揮した。ブランドマネージャーによる管理体制を敷いていることが日清食品の成功の秘密であり、起業家的人材を擁する企業は強い競争力を持っていることを証明している。そして、そのブランドマネージャーの上に立つ社長が世の中の動きを捉え、自ら商品のコンセプトを誰よりも先に考え下に提示する。現場にも深く関与し、ミッションを遂行するため現場第一線で動くブランドマネージャーとせめぎ合う。社内における競合からより強い追及の姿勢が生まれ、その姿勢が他社の追随を許さないヒット商品を生むのだ。日清食品と言えば、周知の通り、世界初となるインスタントラーメン「チキンラーメン」を開発して以降、「カップヌードル」「日清ラ王」などを次々に市場へ送り出し、即席めん業界において不動の地位を築いている。しかし、「最高の自社製品を時代遅れにする最初の会社になろう(Be the first to make your own best products obsolete.)」という自己否定の論理が同社には存在する。常に新たな、そしてこまで以上のブランドを生み出そうとする思想が、イノベーションを支えている。
■開発のヒントはぬるぬるとした魚の体──
(山本化学工業)
少しでもタイムが伸びるのなら、と水着素材が水泳選手の注目を浴びた、2008年の北京五輪。北京五輪の後、改良に改良を重ね、国際水泳連盟の新基準に世界で最初に対応した素材を開発した会社が大阪にある。五輪の際、日本代表の水着素材として関心を集めた「バイオラバースイム」を開発した、山本化学工業(大阪市生野区)だ。素材の表面に並べた凹部に水の分子が入り込み、水をまとうことで抵抗を少なくしたという。従来品が水をはじく撥水性を重視していたのに対して、親水性を高めた同社の新素材開発のヒントとなったのが、魚の体。水をまとうように泳ぐ魚のように人も泳げたら、という発想をヒントに新素材は誕生した。
同社では、以前から新基準を想定して開発を進め、厚さ0.6ミリ以下という基準に対して、新素材の厚さを0.3ミリ〜0.4ミリとするなど対応した。高速水着による記録の樹立などが続き、国際水泳連盟は基準の整備を進めてきたが、世界に先駆けて新基準対応の素材と水着を発表できたことに意義があると、同社社長は話す。
同社は1964年に設立され、海女さん用の潜水服の開発で世界的に認められると、1970年代の石油ショックによる不況を石灰石からゴムを生み出す製造技術の開発で乗り越えた。その高純度の石灰石を主成分に、特殊な貴金属の鉱物を練り込んだ独自素材である「バイオラバー」は、遠赤外線を発し、肩凝りに効果が見られるパッドなど健康器具として販売。医療分野での応用が期待されている。マリンスポーツや水着向けの需要が急増中とあって、障害者や泳ぎが苦手な人も楽に浮くことができるよう工夫された水着素材を開発中だ。同社には、国内外のスポーツ用品メーカー約20社から水着約8万着分の発注も入り、2009年6月には大阪と岡山に構える2工場に約2億円を投資して製造ラインを新設。悪化の一途を辿る景況にあっても生産設備の増強に乗り出すほどの勢いで業績を伸ばす、不況をもろともしない同社の強さは何なのか。
それは、泳ぐ、という観点から魚の体に目を付けた“ひらめき”と言えるだろう。「市場にあるものの後追いはしない」を信条に、そして「一人ひとりのスイマーが持つ潜在能力を、いかに確実に高いレベルまで引き出すか」を使命に、バイオラバースイム素材を進化させることを、あらゆるスイマーたちに約束する。社長は自身のブログで、「世界中を驚かせる高度な技術を駆使してデビューいたします。ご期待下さい」と綴る。どこよりも先に新境地を切り開き“驚かせたい”という想いを社長、技術者、社員が共有し、頭をひねり開発に当たる。業界において先陣を切るために必要なもの──それもまたイノベーションだ。
【参考資料】
■2009年4月28日付・5月4日付読売新聞
■『イノベーションの本質』:著者・野中郁次郎、勝見明