竹原 まずはこちらの沿革からお聞かせ下さい。
村山 私の祖母が養鶏業を始め、その一方で学校の先生の下宿も経営していたんです。そのときに出入りしていた先生が食通の方で、「養鶏をしているなら、鶏肉を味噌に漬けてみてはどうか」と仰ったんです。それで3日ぐらい味噌に漬けて食べてみたらとても美味しかったそう。そんな風にして各家庭などで作られるようになったのが、郷土食として受け継がれてきた「ケーちゃん」のはじまりなんですよ。
竹原 それはいつごろのことで?
▲『村山チキンセンター』の人気商品
『ケーちゃん』
村山 50年ぐらい前です。そこからタレの調合を研究して試行錯誤の末、商品化に成功。地元を中心に販売するようになりました。その後、父が後を継いで東海エリアに進出して量販店やスーパーにも卸すように。現在は養鶏から手を引き、『ケーちゃん』の加工と味付けを専門に手掛けています。私は大学卒業後こちらに入りまして、3年ほど前に代替わりをしたところです。
竹原 妹さんもずっとこちらでお仕事をされているのですか。
村山(奈) 以前は別の仕事をしていましたが、そちらを辞めてから手伝うようになりました。祖母の味は今も全く変えておらず、その製法を受け継いでいるのは私だけなので、昔ながらの素朴な味を絶やさないようにしていきたいと考えています。
竹原 同じ下呂地方でも場所によって味が違うのでしょうか。
村山 そもそも郷土料理の「ケーちゃん」はあちこちの地域で生まれたので、どこが発祥なのか分からないところがありましてね……。下呂温泉の辺りでは醤油ベースのタレが基本ですし、こちら山の手の地域では味噌ベースが主流。けれど皆で1つの食文化として全国に発信していければと、現在下呂市では「下呂市鶏ちゃん協議会」を立ち上げまして、私がその会長を務めさせて頂いています。
竹原 ではこれからが楽しみですね!
村山 ええ。「ケーちゃん」は地元ではすっかりお馴染みの料理でして、岐阜の宝物認定プロジェクトで“自慢の原石”と称されるなど高い評価を戴いています。また、地域に住む方々の間では急なお客様のために、「ケーちゃん」の冷凍品を常にストックしておいたり、それを保冷剤の役割も兼ねてバーベキューに持参したり活用度はかなり高め。忙しくて食事の支度ができないときなども当たり前のように使われています。全国的にはまだまだ無名の食品ですが、これからは地域の同業者や店舗とも協力して地域ぐるみで全国にアピールし、1人でも多くの方に「ケーちゃん」の美味しさを知ってもらいたいですね。そして、その活動を通して微力ながら下呂市の活性化に貢献できれば幸いです。
竹原 3代にわたって受け継がれてきた郷土の味を今後も守り続けて下さいね!本日はありがとうございました。
▲妹の奈津子さん、お祖母様の村山百合子さんを交えて皆さんで記念撮影