在宅療養の不安を解消するべく県内初の往診クリニックを開業

医療法人社団隆仁会 秋田往診クリニック

理事長 市原 利晃

【異業種ネット】月刊経営情報誌『報道ニッポン』特別取材企画 掲載記事─略歴

「外科医の経験を活かし、
在宅医療専門の医師へと転身」
「小さいころから病院嫌いで、自分が医者になれば病院に行かなくて良いと思ったことも医師を目指すようになったきっかけの1つでした」と笑う市原理事長。外科医として多くの経験を積んできた理事長だが在宅医療の現状を知り、在宅医療専門のクリニックを開業するに至る。同じ医療業界とはいえ180度の転身で周囲を驚かせたが、元々病院嫌いだったという理事長だからこその選択だったのかもしれない。在宅医療が立ち後れている秋田県で先頭を切ってシステムづくりに奔走する理事長は、在宅療養を強いられた患者にとってはもちろん、医療業界、地域社会においても非常に大きな存在だ。
【足跡】 小学生のころから外科医を目指すようになり、秋田大学医学部大学院を卒業後、10年以上にわたって外科医として経験と実績を積む。その後平成19年に『秋田往診クリニック』を開業。24時間365日対応で旧秋田市内を中心に訪問診療を提供している。
高齢化が進む中、医療機関や介護・福祉施設と連携を図りながら在宅療養を支える往診クリニックの存在がクローズアップされている。その中で市原理事長は秋田県内に訪問診療を専門に手掛ける病院がないことを知り、外科医から一転して『秋田往診クリニック』を開業。先駆者としてシステムづくりに力を注いでいる。本日は加納竜氏が理事長にお話を伺った。

【異業種ネット】月刊経営情報誌『報道ニッポン』特別取材企画 掲載記事─対談

加納 まずは、理事長が医療の道を志されたきっかけからお聞かせ下さい。

市原 私の祖父はとても恐い人で、小さいころは叱られてばかりいたんです。ところが私が小学校1〜2年生のときに、祖父が脳卒中で倒れて半身不随になってしまったんですね。寝たきりの生活になってから、祖父は怒ることもなくなり、以前のように恐い存在ではなくなりました。そういった出来事があって、病気は人を変えてしまう恐ろしいものだと感じ、将来は医者になって病気を治したいと思うようになりました。小学生のときに書いた作文にも「外科医になる」と書いていて、その決意はずっと揺らぐことはありませんでした。

加納 外科を選ばれた理由は?

市原 子どものときは単純に漫画を見て、外科医はどんな病気でも治せるので格好良いなと(笑)。実際に医学部に入ってからは、幅広い治療手段を持つという意味で外科に魅力を感じて勉強するようになり、外科医になってからは大学病院をはじめ、様々な病院で経験を積んできました。

加納 そんな理事長が外科の病院ではなく、往診クリニックとして開業されたのは何故でしょう。

市原 私は依頼を受けて講演する機会も多いのですが、必ず皆さんが疑問に思われるのはそこなんですね。なぜかというと、外科医は一種の花形的な職業で、それに対して訪問診療に携わる医師は異色の存在と言っても過言ではないからです。私は外科医として12〜3年勤務医を続け、癌などの手術も数多く手掛けてきました。その立場を捨てて訪問診療の世界に足を踏み入れたのですから、驚かれるのも当然でしょう。
  医者の仕事は基本的に病気を治すことですが、もちろん病状や様々な要因が重なって完治に至らない患者さんはおられます。しかしながら、新たに利用できる療養病床の数がどんどん減っていくと同時に高齢者が増加する中で、在宅療養を余儀なくされる方は増えるばかりです。最近では、高齢者が高齢者を介護するいわゆる老老介護という厳しいケースも目立ってきました。在宅という限られたところで病気を治すためには、しっかりした知識や治療手段が必要ですから、外科医の経験が活かせるのではないかと考えるようになり、他県の往診クリニックを見学させて頂いたのですが、その中で秋田県が立ち後れていることを思い知らされたのです。

加納 それでご自身で立ち上げようと決意されたのですね。

市原 ええ。秋田には往診クリニックがありませんでしたし、その意識も根づいていなかったので、誰もやらないなら自分が土台をつくれば良い──そう思って始めたのがこのクリニックなんです。システムさえつくってしまえば、あとは誰かがついてきてくれると考えました。

加納 患者さんのお宅を訪問するだけでなく、例えば介護施設などに出向いて診療されることもあるのでしょうか。

市原 最初は無医村地区の公民館に患者さんを集めて往診したり、デイサービスなどの施設で利用者さんの診療をしたいと考えていましたが、それは出張診療になってしまうので制度的には禁止されているんです。ですから「在宅療養支援診療所」届出医療機関として、病院に通院できない方を対象に訪問診療を行うということを基本としています。今は定期的な訪問診療の他、自宅でもデイサービスでも、患者さんの具合が悪くなったときはいつでも、どこにでも駆けつけるというスタイルで診療を行っています。

加納 では常に気が抜けませんね。

市原 24時間365日体制ですし、開業して2年間は休みなしで厳しかったですが、今は協力して下さる先生も現れ、診療状況が改善されるようになりました。

加納 エリア的にはどの辺りまでカバーされているのでしょう。

市原 旧秋田市内が中心です。エリアとして基本にしているのは、片道30分で行ける範囲。それ以上になると北の端で診察をしているときに、南の端の患者さんの容態が急変した場合、間に合わないことも考えられますからね。片道30分の円から外れる患者さんは断らざるを得ませんが、その円の中だったら手間がかかるとか重症だからという理由で断るようなことはしません。

加納 エリアを限定するのは、患者さんを思えばこそなのですね。開業からこれまでを振り返っていかがですか。

市原 ようやく認知されるようになり、理解してくれる医師も増えてきました。在宅医療のシステム、ネットワークは各県によってそれぞれですが、秋田は秋田なりのスタイルを構築し、それを軌道に乗せていけば黙っていても在宅医療のネットワークができていく。そのきっかけづくりになればと頑張っているところです。私たち医師にとっては病院での診療がホームだとすれば、患者さんの環境に飛び込んでいく訪問診療はアウェー。病院なら一言、二言で済むことでも話が進まなかったり、周りの納得や理解を得る必要があるので、そこが苦労する部分です。けれども患者さんの生活環境に触れることは治療していく上で重要ですから、訪問診療ならではのメリットもあるんですよ。最初は他県の真似から始めましたが、これから秋田のオリジナルのスタイルをつくって、それを全国に広く発信していければと思っています。

【異業種ネット】月刊経営情報誌『報道ニッポン』特別取材企画 掲載記事─取材記事写真
医療機関や介護施設との連携で患者さんをサポート
【異業種ネット】月刊経営情報誌『報道ニッポン』特別取材企画 掲載記事─取材記事写真

▼平成19年の開業当初は先輩医師の紹介で術後の患者さんや末期癌の患者さんの診療から始まり、やがて介護事業所とのつながりもできて患者数が増えていったという『秋田往診クリニック』。現在は癌の患者さんが3分の1程度、後の3分の2は寝たきりの高齢者が中心だ。インフォームド・コンセントに基づく必要かつ充分な医療の提供を理念に、他の医療機関や介護・福祉施設と連携をとりながら、患者さんとその家族を医療面からサポートしている。通院が困難な人や自宅療養を余儀なくされた人にとって何とも頼もしい存在であり、今後も訪問診療のニーズは益々高まっていくことが予想される。

対談を終えて
「在宅療養で通院が難しい人にとって、市原理事長の存在はどれほど心強いことでしょう。訪問診療を行う医療施設が少しずつ増えているとはいえまだまだ不十分なようで、秋田県においても理事長が先駆者ということですから、これからの分野なんですね。そのご努力がやがて大きく実ることを願っています!」(加納 竜さん・談)

【異業種ネット】月刊経営情報誌『報道ニッポン』特別取材企画 掲載記事─会社概要

名 称
医療法人社団隆仁会 秋田往診クリニック
住 所
秋田県秋田市広面字谷内佐渡336-2
代表者名
理事長 市原 利晃
掲載誌
報道ニッポン 2010年8月号
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