倉田 有吉社長は学生時代、競輪選手を目指しておられたのだとか。
有吉 ええ、自転車部に所属し、高校卒業後は競輪選手になるための学校へ進むべく試験に挑戦しました。試験は半年に一度実施されるのですが、不運にもその時期が近づくと故障したり、発熱してしまったりで、なかなか合格できません。全く見込みがなければあきらめも付くのですが、なまじ好タイムを出していただけに、次こそは、という気持ちでチャレンジを続けていたのですが……結果的に年齢の上限を超え、夢かないませんでした。
倉田 それは残念でしたね。
有吉 やめた、となると意外とさっぱりしたもので(笑)。あれから一切、自転車には乗っていません。今となっては良い思い出です。
倉田 ではその後、社会人としての第一歩を踏み出されたと。
有吉 ええ、自宅の近くに建築金物を製作する会社がありまして、父の紹介で入社したのです。正直なところ、その会社に入りたかったわけではなく、最初は父の顔もあるし、少し働いてみて仕事が合わなければ辞めよう、といった軽い気持ちでした。
倉田 それがいつの間にか本業になったわけですね。
有吉 ある時、会社の先輩からきつく叱られましてね。嫌々仕事をしている私の態度が目に余ったのでしょう。「やる気がないなら今すぐ辞めろ。続けるならやる気を出して仕事を覚えろ」と言われました。それで私も目が覚め、このままではいけない、本気でやってみようと考えたのです。
倉田 それは入社からどれくらい経ったころですか。
有吉 1年くらい経ったころでしょうか。気持ちを切り替えたら、どんどんこの仕事にのめり込みました。特に、難しい仕事ほど完成したときの喜びが大きいと気づいてからは、進んで困難な仕事にもチャレンジしましたから、技術もどんどん上達しました。つまり、「ものづくりの醍醐味」を覚えたんです。
倉田 その当時から独立を考えていらしたのでしょうか。
有吉 社長には「いずれは暖簾分けを」と言われていたのですが、次第にそういう話がなくなりましてね(笑)。社長としても、戦力を失うことになりますから、決断できなかったのでしょう。ところがそのうちに、会社の方針に違和感を感じるようになりまして……。
倉田 どのような点に?
有吉 部下の育成方針についてです。その会社では、経営者にしろ重役にしろ、昔気質の人でしたから「叱って育てろ」というのが育成方針でした。自分が叱られる分にはまだよいのですが、私が部下を持つ立場に昇進すると「お前は優しすぎる。もっと厳しくしろ」と注意されるようになったのです。しかし、どんな仕事をするにしても、叱られて嫌々するのと、自ら進んで行うのとでは結果がまるで違ってくるでしょう。私自身そうでしたから、部下は頭ごなしに叱るのではなく、やる気を伸ばすように育てたいと考えていたのです。このことで長く悩みましたが、最終的には独立し、起業する道を選びました。
倉田 それはいつのことでしょう。
有吉 平成13年です。最初は一緒に退職した同僚と2人で、その後、数名の者が同じように元勤務先から籍を移し、私の会社へ集まってくれました。戦力アップもありがたかったし、自分の選んだ方向性が間違っていなかったことの証明にもなって、非常に嬉しかったですね。
倉田 とはいえ、当初は苦労されたのではありませんか。
有吉 そうですね。この仕事で最も苦労するのは受注した仕事の納期が重なってしまったとき。納期に遅れれば取引先にご迷惑をおかけしますし、かといって断れば次はない。特に当初は従業員数が少なかったので、夜を徹して作業することもしばしばでした。ずいぶん無理をしましたが、人生、困難に直面しても諦めさえしなければ打開策はあるもの。もう駄目だ、と諦めてしまったらその時点で終わりですから、どうにかなる、どうにかしよう、で窮地を脱してきました。そして一度崖っぷちをクリアすればそれは自信となり、力となります。そうして社員一同、これまで成長してこられたように思いますね。
倉田 社長はとても前向きな考えの持ち主でいらっしゃいますね。
有吉 事業の不振を政治のせい、景気のせいと嘆く経営者は少なくありませんが、それは違うと思うんです。経営はあくまで自己責任。業績の不振は自分の力が至らないからなんです。私は、決して周囲のせいにせず、自分自身を成長させ、前向きに、少しずつでもよいから歩んでいきたい。このご時世ですが、将来的には他分野への進出や特許の取得なども目標に置いて、頑張っていきたいと思います。
▼「ものづくりは人づくり」──製造業においては、人材の質が製品の質を左右することを指し示す言葉である。ものづくりの大家・「トヨタ」でさえこの言葉を重んじているくらいだから、業種や機械化の有無にかかわらず、製造業全てにこの言葉は当てはまるのだろう。しかし人材育成にも様々な方法がある。書店に行けば、数多の「育成本」が並んでおり、人は常にこのテーマで試行錯誤を繰り返していることが分かる。
▼それでも、育成法を二つに大別することはできる。叱って育てる方法と、ほめて育てる方法である。一概にどちらが良いとは言い切れないし、その人に適した指導法もあるだろう。ただ、叱る──つまり、悪い所を注意する育成法は、人がミスを犯すことが前提となっており、育成法としては後ろ向きと言わざるを得ない。つまり、悪い所がなければ叱れないのであり、成長してミスが減っても、叱り続けるためには「あら探し」をしなければならなくなる。これではせっかくのやる気もなえてしまう公算が高い。
▼かたや、ほめて育てる方法は、人が成長することを前提としている。ほめるためには成長点を見つけ出さなければならないが、あら探しと違って、人の長所を見つけるのは楽しい作業であるし、育てられる方としても、より一層自分に磨きをかけることになろう。有吉社長は後者を選び、その選択が間違いでなかったことを、会社づくりにおいて証明している。