藤森 まずは社長の足跡からお聞かせ下さい。
鐘 私は中国出身で、大学卒業後は2年間ほど教師として教鞭を執っていました。その後来日して日本の大学・大学院で学び、貿易商社に就職。そこで日本のビジネスについて勉強させてもらったのです。
藤森 当時から、いつかはご自分の力で起業しようとお考えだったのですか。
鐘 独立心よりも、必要に迫られてといった感じでしたね。そちらの会社の業績が傾き始め、お客様からのご要望に添えなくなるにつれて独立を意識するようになったのです。
藤森 では、御社でも貿易業を主業務とされているわけですね。
鐘 はい。当社は主に燐鉱石やけい石などの非鉄鉱産物の輸入を行っています。燐鉱石は肥料や飼料、化学製品や液晶などの製造にも使用される原料なのですが、今の日本ではほぼ採取されていません。そのため他国から輸入してこなければならず、当社は独自のネットワークを活かして中国から供給しています。
藤森 植物の肥料でリン酸が使われていると聞いたことがあります。
鐘 そうですね。その原料も燐鉱石なのですよ。家畜飼料にも添加物として1%ほどのリン酸カルシウムが加えられていることが多いのです。たった1%ではありますが、なくてはならないものですから需要は尽きません。
藤森 それだけ貴重なものだと、中国でも必要とされているのではありませんか。
鐘 ええ。燐鉱石は世界中でも枯渇が叫ばれていますので、実は中国でもここ最近輸出を制限しようという動きが高まっています。関税が高くなり、価格もどんどん高騰してきているのですよ。輸出者にも許可証が必要となっていますので、私はそれらの関係上、毎月中国と日本とを行き来している状況です。
藤森 供給がストップしてしまうと日本の産業は立ち行かなくなってしまうでしょうから、とても重要な役目を背負っておられるのですね。
鐘 もちろん大手商社さんでも燐鉱石を扱っておられますが、当社のような規模の会社が輸入をしているケースは希だと思いますね。しかし当社の燐鉱石を当てにされているお客様もたくさんいらっしゃいますので、安定した供給を続けていくことが私どもの使命だと感じています。
藤森 国境を越えたビジネスに奔走されて毎日お忙しいでしょうが、社長のエネルギーの源となっているのは何なのか教えて下さい。
鐘 「日本と中国との架け橋になって、他の人にはできないことをする」という信念です。せっかく日本で学んできたのですから、それを人のために役立てたいとの思いが強いのですよ。日本には日本の、そして中国には中国の良いところがたくさんあります。それらを理解し合い、互いに手を携えていければと願っているのです。
藤森 素晴らしいお考えですね。しかし文化の違いから、ビジネスの進め方にも多少のずれが生じることもあるのではありませんか。
鐘 いいえ。ビジネスは気持ち次第です。私はいつもお客様は王様だと思っているのですよ。日本では「お客様は神様」とよく言われますが、神様よりも王様はわがままでしょう(笑)。けれどそれが当然だと思って取り組めば、どんな難題にも立ち向かっていけるのです。
藤森 分かりやすい例えですね(笑)。
鐘 王様の要求はいかなるときも絶対ですからね(笑)。しかし、それに応えていくことでお客様から信頼を寄せて頂けるようになりますから、結果的にはWIN-WINの関係が築けるのです。
藤森 周囲の方々ととても良好な関係を築かれていることが窺えます。世界的な不景気の影響はいかがですか。
鐘 貿易業ですから、やはり円高の影響は大きいですね。たった数円の差でも莫大な額の為替差損となってしまいますから、常に世の中の動きには敏感にアンテナを張っています。そうした様々な難関を乗り越えて、良質な品をお客様にお届けできたとき、そして製品となって皆様の生活に役立てていると思うと、大きなやり甲斐を感じます。
藤森 では最後に、今後の展望をお聞かせ下さい。
鐘 関税率の高まりを受けて、燐鉱石の新しい供給の仕方を考えています。資源の形で輸出入を行うのではなく、中国に工場を作って半製品の形にまで作り上げた上で取引をしてはどうかと考えているのです。お客様のニーズと、市場の動きを踏まえながら柔軟にスタイルを変えていきたいですね。
藤森 では将来的な夢とは?
鐘 引退したら故郷に戻り、学校を建設できればと思っています。これまで中国の資源という恵みを戴いてきた恩返しの意も込めて、人や社会に貢献できる事業を興したいですね。
藤森 これからも日中の架け橋として頑張って下さい。
▼現在、世界で使用されている燐鉱石はアメリカ、モロッコ、ヨルダン、中国などを中心に産出されている。日本でも沖縄県で採取されていたことがあるが、やがて座礁し、輸入に頼る現状に至った。しかし輸入相手国の首位にある中国でも近年は生産量の減少から価格が上がり、さらに中国国内の肥料相場をコントロールするために100%の関税を掛けられた。これによって国際価格は急騰し、徐々に確保が難しくなってきているのだ。一般消費者には縁遠い話のように聞こえてしまうかもしれないが、昨年夏に化成肥料製品が値上げされた原因はこの燐鉱石にあると言えば、その影響力の大きさが分かるだろう。
▼『JTC商事』では、この燐鉱石を中心にけい石等非鉄鉱産物を取り扱っている。大手商社が供給ルートを牛耳る中、同社は中国国内で独自に確保したネットワークにより安定供給を保っているのだ。もちろん品質も良く、日本の大手肥料メーカーからは絶大な信頼を得ている。
▼今回の不況は海外からの影響が大きいが、同時に日本がいかに海外とつながっているかを認識できる良い機会でもあっただろう。これを機にグローバルな視点を養い、世界との連携を強めていきたいものである。