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具志堅 まずは野上社長が「ハーモニー」さんを立ち上げられるまでの経緯をお聞かせください。早くから、福祉に興味をお持ちだったのですか。
野上 いえ、私は以前、建築の学校に行っていました。その勉強の一環として、バリアフリーを勉強しようと、福祉のヘルパーの資格を取得しましてね。そこから福祉業界への興味を深め、就職。福祉の現場で実際に働きながら知識とノウハウを習得し、独立しました。経験を重ねるうちに、利用者さんとより近い形で仕事をしたいと思うようになったのが、独立を志した一番大きな原動力になりましたね。その思いを実現するために、自分で組織を立ち上げようと決めたのです。
具志堅 強い熱意を持ってスタートされたのですね。創業は2006年8月だそうですが、準備期間はどれくらいでしたか。
野上 4カ月ほどです。当初は“所長”や“社長”と言われても、誰を呼んでいるのだろうと思うことも多く戸惑いましたよ(笑)。最近ようやく、自分のことだと分かるようになりました(笑)。
具志堅 (笑)。経営者としてのご苦労も、お感じになっているのでは?
野上 確かにそうですね。勤務時代と違って、今は上司がおらず、全ての責任は私にかかっています。重責に対するプレッシャーは確かにありますね。また、人と人とが触れあう仕事だけに、利用者の方とヘルパーさんとの相性などが問題になる場合もあり、双方を尊重しながらフォローするといった、メンタル面での仕事も増えました。ただ、大変なばかりではなく、毎日が発見の連続といった感じで楽しんでいますよ。
具志堅 とても生き生きとされていて、お仕事への意気込みが伝わってきます。では、社長が独立を決心された思い─以前の職場では実現できなかったことというのは、現在実現されていますか?
野上 はい。かつて働いていた職場は、業界でも大手に数えられる規模で、私は現場で働く人たちのケアやフォローを主に手掛けていました。現場のスタッフたちは、ほぼ完全にマニュアル化された環境で働き、私自身は現場の人たちとの接点を十分に持てていませんでした。また、正社員、パートという雇用環境によって仕事に温度差が生まれていました。福祉は人と人との関わりの中で成り立つもの。利用者にとってはアルバイトでも正規職員であっても、一人のヘルパーであることに変わりありません。だからこそ、皆が同じ気持ちで働けるような場を創りたいと考えたのです。今は少しずつではありますが、その思いが実現できていると思います。
具志堅 確かに、介護事業は人と人との関わりが非常に深いお仕事ですよね。
野上 はい。嬉しいことに、メンバーは私の志と近い気持ちでいてくれますし、人数も十分。仕事では一人暮らしのお年寄りを訪ねることも少なくありませんが、伺った際、喜んでもらえることがとても嬉しいのです。そのたびに「人と人とのつながりを大切にしよう」という思いを新たにしますね。実は私の趣味は釣りで、障がいを持つ方々(今回は車椅子の方々)に、より安全に釣りを楽しんでもらおうと思い、現在所属している「大阪府釣連盟」と、知り合いの「頚椎損傷連絡会の会長」に、お話しをさせていただいた所、とても好印象を持っていただき、秋に釣り大会を開催しようかというお話もあるのです。仕事以外の場でも、人との繋がりの大切さはよく感じています。
具志堅 楽しそうですね。でも、車椅子での釣りには、危険が多いのでは…?
野上 確かに未経験者もおられますし、海は危険が多いでしょう。けれどベテランのサポートさえあれば、安全に釣りを楽しめると思うのです。そういった楽しみを提供できれば、本当の意味で地域社会に貢献することになるでしょう。介護の仕事をしているからこそ、さまざまな形で架け橋になれたらと思うのです。
障がいを持つ人たちは、様々な場面で差別を受けています。見ず知らずの人から突然、心ない言葉をぶつけられることもあるのです。そういった態度を取る、いわゆる「健常者」の方はおそらく、障がいを持つ、あるいは社会的弱者と呼ばれる人たちとの接点が少ないため、戸惑いを感じ、その戸惑いが差別的な態度になるのではないかと私は考えています。ですから障がい者と健常者が一堂に会する音楽祭などを開くなどして、両者の接点を増やしていけば、傷つけたり傷つけられたりといったことも少なくなるのではないかと思うのですよ。
具志堅 とても温かな目で「人」のことを考えていらっしゃるのですね。そういった考えの方が増えていけば、社会はもっと住みやすくなるのでしょうね。
野上 心のバリアフリーを実現し、ハンディを個性として生きられる社会を確立することが、私の最大の夢なのです。微力ながら、そんな社会づくりに貢献できるよう、力を尽くしたいですね。
具志堅 ぜひ頑張ってください!

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