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竹原 まずは医療の道に進まれたきっかけからお聞かせ下さい。
井上 父も開業医だったのですが、それが医者の道を志した直接のきっかけではありません。父から医者になることを強制されたことはありませんでしたからね。けれど、最終的に医療の道に進むことを決めたのですから、やはり父の影響は大きかったのだと思います。
竹原 どのような道のりを歩んでこられたのですか?
井上 大学卒業後、2年間研修医として働きました。外科の医局に所属し、大学の医局が持っている関連病院数ヶ所に数年ずつ勤務。様々な先生の下で医療について幅広い知識と経験を積むことができました。
竹原 では開業しようと思われたきっかけと言いますと?
井上 今まで外科医として、食道ガンや胃ガン、大腸ガン、乳ガンなどの悪性腫瘍の手術を専門に行ってきました。まだ私は43歳で、油の乗りきった時期で、現場の第一線で働くこともできるのですが、いつかは視力や技術が衰え、後進に道を譲るときが来るでしょう。それならば、医師として充実しているこの時期にこそ、以前より関心のあった予防医療の分野で尽力しようと決意した次第です。
またもう一つのきっかけとして、身内をガンで亡くしてしまったことも大きいですね。早期に発見されていれば、大きな手術や抗ガン治療などを受けなくても完治するケースは多いのですが、手遅れになって病院に行くから亡くなる人が増えているのです。それを考えたら、大きな病院で悪い状態に陥ってしまった患者さんを手術することも大切かもしれませんが、開業して悪化する以前に予防線を張ることに力を入れることも大切なのではと思ったのです。そして今年1月に開業しました。
竹原 今年1月に開業された訳ですが、どういったクリニックにしようとお考えですか?
井 上 これまで私自身が担当してきたガンを早期に発見できるように、初期治療を大切にしていきたいと考えています。そのためにも胃カメラや大腸カメラ、最近女性に多いと言われる乳ガンを早期に見つけるためのマンモグラフィという機械も設置しているのですよ。
竹原 こちらの診療所は明るい内装が印象的ですね。
井上 乳ガン検診なども行っていることをアピールしたかったので、他の病院とは違った雰囲気づくりをし、差別化を図ったのです。実際に乳ガンというと、外科という認識は薄く産婦人科を選ばれがちなのですよ。開院する1週間前に内覧会を開催して、地域の方に来て頂いたのですが、総勢約70名のうち、8〜9割が女性の方でした。
竹原 乳ガンに気を掛けていらっしゃる方が多いのですね。
井上 そうですね。しかし、これまで平野区でマンモグラフィを導入しているのが総合病院に1ヶ所だけで、あとは役所の検診バスが回らざるを得なかったのです。
竹原 お父様の姿を見て育たれたわけですが、医師として受け継いでいきたいものはありますか?
井上 父は59歳という若さで亡くなり、生きているときにお互いが医者同士であるという立場で話ができませんでしたので、受け継ぐ機会はありませんでした。しかし開業するにあたって、父の患者さんから、「お父さんにはお世話になった」とか「お父さんからこんな話をしてもらった」といったことを聞き、父の存在の大きさを改めて感じましたね。
竹原 そういったお話が聞けるのは嬉しいですね。医者としてのやり甲斐とは何でしょう?
井上 やはり患者さんから感謝の言葉を戴いたときですね。まだ研修医のころに、患者さんから「先生のお陰で良くなりました」というお言葉をかけて頂いたときのことはいまだに覚えているのですよ。
竹原 最後になりましたが、今後の展望をお聞かせ下さい。
井上 診療所の規模を大きくしようとは考えていません。多くの患者さんを抱えて、治療が行き届かなくなるのは、私が目指している医療と道が外れてしまいますからね。ですから、当診療所では、一人ひとりの患者さんの視点に立った、きめ細やかな治療をしていきたいと思います。
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