有限会社 スクラッチソフト
代表取締役・システムエンジニア 川路 義隆

足跡:愛知県出身。中学時代からバスケットボールに熱中。高校卒業後、コンピュータ関係の専門学校に進み、プログラムの勉強をする。ゲーム会社での勤務を経て、23歳のときに独立。平成17年には組織の法人化を行う。

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●お客様が本当に望まれていることは何か
「自己満足ではなく、お客様に満足していただくことが大事です」─。「お客様が本当に望まれていることは何か」を常に考えながら仕事に取り組んでいるという川路社長。満足してもらえる商品を開発するためにも、社長はお客様とのコミュニケーションを大切にしている。お客様のニーズを的確に把握し、かたちにする。そのことを基本理念に、社長は今日も商品開発にスタッフと共に力を注いでいる。

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平成17年に設立された「スクラッチソフト」。同社では企業向け業務効率化システムの開発、自社パッケージソフトの開発を手掛けている。同社の川路社長は「仕事は人のつながりによって成り立っています」と語り、良好な人間関係の構築に重きを置いてきた。本日は川路社長に、俳優の村野武範氏がお話を伺った。

村野 まずは、社長の歩みをお聞かせください。

川路 中学1年からはバスケットボールに熱中していました。高校はスポーツ特待で進学。勉強せずにバスケットボールばかりしていました(笑)。その後、ゲームセンターの楽しさを知り、ゲームをつくる仕事がしたいと考えるようになったんです。そこでコンピュータ関係の専門学校に進み、プログラムについて勉強しました。プログラムをすることはとても楽しかったですね。やればやった分だけどんどん吸収しましたし、プログラムの仕事は自分に合っていると感じました。ちなみに私は専門学校でもバスケ部に入ったんですよ(笑)。

村野 (笑)プログラムをすることはバスケット同様、社長に向いていたわけですね。

川路 ええ。専門学校に在学中、私はゲーム会社でプログラムのアルバイトを始めました。現場で実際に働いてみると、学校でやっていることが「おままごと」のように感じたんです。現場での仕事はとてもやりがいがありました。その後、パチンコ関連の会社の子会社で、ゲームをつくっている企業に就職。1年半勤務した後に退職し、23歳で独立しました。主に企業さん向けのシステム開発を請け負うようになったんです。

村野 勤めていた会社を辞めようと思われたのはなぜなのでしょう?

川路 上司に恵まれなかったからです。私自身が若かったこともあり、価値観の違う上司の下で働くことに耐えられませんでした。「上の人がいない仕事をすれば、このストレスはなくなる」と考え、独立を決意したんです。

村野 独立後はいかがですか。

川路 最初は本当に大変でした。どうやったらお金が儲かるのか、その仕組みが分からなかったんです。会社に勤めていれば、目の前の仕事をしたら自然と毎月給料をもらえます。独立後は「仕事をもらうこと」にまず苦労しました。当初は名簿のデータ入力など、ひたすら住所を打つだけの仕事をしたりもしたんです。また、パソコン教室を運営していた時期もありました。うまくいかないことが多かったですが、今考えるとそれらのことはすべて勉強になったと思います。

村野 軌道に乗せることができたきっかけとは何ですか?

川路 知人が周囲の人たちに「せっかく、能力を持っているのに、存分に活かせていない人材がいて……」と私のことを紹介してくれるようになったんです。そのお陰でプログラムの仕事をいただけるようになりました。そして仕事をいただくと、私は「お客様に満足してもらうこと」を第一に考え、質の良いものをスピーディに手掛けるようにしたんです。結果、良い評価をいただきました。毎日が忙しくなると共に、仕事に対する自信を持つようになりましたね。やがて「大きな仕事を請け負いたい」と思い、スタッフを採用するように。さらに平成17年には組織の法人化を果たしたのです。現在は、企業さんから依頼を受け、業務効率化システムの開発を行っています。また、自社パッケージソフトの開発も手掛けているんです。

村野 お仕事の上で大事にしておられることを教えてください。

川路 人間関係です。以前は、プログラムの技術があればそれでいいと思っていました。しかし長年仕事を続けていくうち、「仕事は人のつながりによって成り立っている」と考えるようになったんです。いくら技術があっても周囲との人間関係が良好でないと、経営者として成功することはできないと思います。

村野 現在も紹介によって仕事を請け負うことが多いのですか。

川路 ええ。取引先が新しいお客様を紹介してくださることが多いです。お陰さまで、今では京都など県外からも仕事を頂いているんですよ。

村野 スタッフは何名で?

川路 4名です。スタッフとはお客様のニーズについてなど、日ごろからよく話し合っています。今は男ばかりなんです。女性の意見も大事にしたいので、今後は女性社員も積極的に採用していこうと考えています。

村野 では最後に、今後の展望を。

川路 今後は自社パッケージ商品の開発にますます力を注ぐつもりです。お客様に「あって良かった」と思っていただけるような商品をつくりたいです。また、企業さんだけでなく、個人向けのものも開発したいと思っています。

……社長の精神面を鍛えたバスケットボール……

 中学1年のとき、背が高かったことから体育の先生に半ば強引にバスケ部へ入れられたという川路社長。嫌々始めたバスケットボールだが、徐々に熱中するようになり、高校時代はバスケットボール漬け。卒業後に進んだコンピュータ関係の専門学校に在学中には、川路社長はゲーム会社でアルバイトを始めた。周囲からは「すごく頑張っているね」と言われたという。「でも私自身はまだまだ頑張りが足りないと思っていました。バスケットボールの練習の方がつらかったです(笑)」と社長。バスケットボールの厳しい練習により、社長は精神面を鍛えられたのだろう。
 今後は「スクラッチソフト」の規模を大きくしたいと社長は考えている。ただ、たとえ事業を拡大しても、創業時の「軸」がぼやけてしまうようなことをするつもりはない。「今日まで頑張ってきから、こうして村野さんにも会えました(笑)。これからも地道に頑張っていきたいです」と社長は語った。

対談を終えて

「今後は女性社員も採用したいと考えておられる川路社長。私も賛成です。市場に受け入れられる商品をつくるには、女性の意見は非常に大事だと思います。家庭で財布の紐を握っているのも女性ですから(笑)。『スクラッチソフト』さんの益々のご発展をお祈りしています(村野武範氏・談)」


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